今日は、病院で嬉しいことがありました。

登場人物のイニシャルが全部Nなので、今回は一応仮名でお送りします。

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昨年、当院の創立者でもある私の父が他界したのですが、その前に一時期当院に入院させて、治療をしていたことがありました。別に精神疾患ではなかったのですが、私の専門分野の病気であったことや、近くで看病できた方が何かと便利だったという事情もあったので。

ただ、正直なところ、当時は「元上司を看護するなんて、病棟の看護師たちはやりにくいんじゃないだろうか」と思っていました。以前に散々ど叱られた上司のおむつを替えたり食事介助したりするのが、どうなんだろうと思っていたのです。しかし、後になって「会長先生のお世話ができて良かった」と言ってくれました。その時は本当に嬉しかったものです。

さて、入院治療がひと段落して退院する際、「いつか病棟で役立つかもしれない」と、父が使わなかった衣類やおむつなど、いくつかの物を病棟に残していきました。

そして今日、ある病棟で、中田というベテラン看護師が、
「先生にどうしても見てほしいものがある」
と言って、見せてくれた物がありました。
それが、父の残していった衣類を再利用した、車いす用のシートベルトです。
それを締めていたのは、野村君という、長期入院の患者さんです。
知的障害を合併していて、とにかく不穏が強いため、なかなか隔離室から出られない重症患者です。
車いす上でも暴れるため、どうしてもシートベルトが必要なのですが、既製品のシートベルトは、腰だけのものだと彼の体動を十分に抑えきれず、かといって肩まであるシートベルトは、高くて購入できない。
中田さんは、その野村君の担当で、「何とか隔離室から出したい」という一心で、手縫いでそれを作ったのだそうです。
「大先生のを再利用しました。頑丈で手触りもいいし、とてもいいんです。手縫いで大変でした」
と笑っていました。
確かに、手触りがソフトで、そのうえなかなかしっかりしていて、既製品のシートベルトよりよほどいいんです。

病棟の看護師が、患者さんを少しでもいい環境に置きたいとの一心で、わざわざ手間をかけてそういうグッズを作ってくれたこと、父が使わなかったものを再利用してくれたことが、とても嬉しかったです。

さらに、「大変だったでしょう」と聞いた時の答えがまたいいんです。

「私がこれをしている間、他のスタッフに仕事を変わってもらったりして、迷惑をかけました。それでも何も言わずに許してくれた、病棟スタッフたちのおかげです」
そう言われた、「他のスタッフたち」は、照れくさそうにしていました。
嬉しかったので、どこかで自慢しようと思い、「それ、貰った。どっかで吹聴してくる」と宣言しておきました。
どこか講演会の場ででも自慢しようかと思っているのですが、待ちきれないので、こうしてブログに載せてしまいました。

作り話でも何でもありません。
ウチはいいスタッフに恵まれました。
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某月某日、東京から名古屋に向かう新幹線車内で、ついに来ました!!
新横浜と名古屋の間・・・中間あたりでしょうか、
「10号車に体調不良のお客様がいらっしゃいます。お客様の中で、お医者様か看護師の方が・・・」
来た来た!来ました!!
いつかこんなこともあろうかと、頭の中でシミュレーションはしていましたが、いざその場面になるとやはり勇気がいります。
3人掛けの窓側に座っていたので、わざわざ他の人の邪魔をして出ていくのも・・・とは思いましたが、そこは勇気を出して通ります。

6号車最後尾から10号へ出向くと、最前列に青い顔をした中年男性。
すでに年配の医師が診察をしているようです。出番はないようでしたが後ろから見ていました。
病状的には循環器系か、神経系かといったところでしょうか。
後ろの乗客が「いびきを掻いて痙攣していた」と話していました。
その医師は、どうも同じ号車に乗り合わせていたようです。
一応、「何かお手伝いすることはありますか?」と声をかけましたが、その医師の診立てではそれほど大したことはなさそうです。
どっちにしろ、車内でできることは限られていますし。
てなわけで、そのまま帰ってきました。ふぅ。

とりあえず、大ごとでなくてよかったです。
でも、電車で席を譲る時の方が勇気がいるのはなぜでしょう?
この所、脱法ハーブを吸っで車を運転し、暴走して人を死傷させる事件が相次いで報道されています。
飲酒運転もなかなかなくなりません。北海道では飲酒の末に携帯いじって、4人も死傷させる(しかも、加害者も被害者も全員30歳前後)という事故が起きました。
いずれも、無くてもいい余計なものを摂取した結果、意識水準の低下を来したことが直接的な原因です。

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今年5月に「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律」なる長い名前の法律(通称=自動車運転死傷行為処罰法)が施行され、自動車を運転するにあたって、事前に注意すべき疾患群が規定されました。要するに、「これこれという病気にかかっていて、『車の運転に支障が出るかもしれない』事を認識(治療しているかどうかは不問)していて運転し、他人を死傷させたら厳罰に処すぞ」と言う法律です。

この疾患群は、道路交通法の相対的欠格事由を流用したものなのですが、そこには統合失調症やうつ病など、向精神薬を服用する疾患やてんかん、睡眠時無呼吸症候群、ナルコレプシーなどがあげられ、そのほとんどが当院で扱っている疾患です。
どれもこれも、意識水準の低下を来す恐れがあるということで、「危険」とされているものです。

栃木県と京都府で、てんかんの患者が相次いで事故を起こしたことで社会問題となり、慌てた政府が慌てて作った・・・と言う背景から、まぁ正直てんかんを槍玉に挙げた法律だという印象です。


ところが。
これは参ったと思っていたら、法律施行後、早々に低血糖が原因と思われる人身事故が起きました。

危険な運転により人を死傷させたという結果は同じですが、その行為の背景は大きく異なります。
脱法ハーブや飲酒による場合と違い、低血糖は疾病によっておこったやむを得ない症状です(どうして糖尿病になったのかと言う議論はさておいて)。

医者の目から見れば、本質的には「意識障害」の一言でくくられる一群であって、別に何の不思議もありません。糖尿病患者が運転をする以上、いつかは起こる(たぶん今までにも起こっていたであろう)筈の事故であって、たまたま重大でなかったからあまり取り上げられなかっただけのことです。

ところが、上記の法律を作った役人は慌てたのではないでしょうか。


統合失調症やてんかんやナルコレプシーなんて、こう言っては何ですが、社会で働いている人の中では、所詮マイノリティ。もとから働くためのハードルが高く、現時点ではそもそも働けていなかったり、運転を制限させられたりしていて、今更運転がダメだと言われても経済活動に与えるダメージはそう大きくないでしょう。
それはそれで大きな問題で、例によって言いたいことは山ほどあるのですが、今日の本題ではないので割愛しまして・・・。

一方、患者数が950万人とも言われる糖尿病となると話が変わってきます。恐らく、厚生労働省や法務省、警察庁・警視庁の中にも、糖尿病で治療しながら働いている人はわんさかいるでしょう。下手をすると、それらの人達も「運転NO」と言われかねない事態です。
糖尿病の治療を続けている限り、適正な血糖値を維持しようとし続ける限り、低血糖を引き起こすリスクは必ず付きまといます。即ち、「低血糖で意識を失う恐れがある」と言うことになってしまうのです。
つまり、法律を厳格に適用しようとすれば、ほとんどすべての糖尿病患者さんが「運転するには危険な人物」と見なされてしまうのです。
本質的にはてんかんだろうが睡眠時無呼吸症候群だろうが同じことなのですが、それらの病気の人には泣き寝入りを強制しつつ、糖尿病だけは大目に見るって訳にはいきません。殊に、これだけ大きな騒ぎになってしまうと。

さぁ困った。
どうするお役人?


・・・と、対岸の火事のようなことは言っていられません。
ことは、私達にも大いにかかわってきます。
なぜかって?
病気の診断と治療は医師が行うからです。
これまでも、運転に関するリスクの見積もりは、「医師の判断に任せる」と、体よく丸投げされてきました。
今回も、多分そうなるでしょう。

ところがこの法律、概要だけは作ったものの細かい運用規定などがなかなかできません。「いま作ってる」と言ってから数ヶ月。出来たのやら何なのやら、情報がさっぱり落ちてこないのです。
蕎麦の出前じゃあるまいし、全部ちゃんと作ってから施行してくれ、と言いたい所です。
学会やら何とか協会やらも盛んに動いてはいるらしいのですが・・・。
今の所、政府側に大した動きはないようです。
法務省のQ&Aも、私たち医師には何の役にも立ちません。


運転のリスクをどう見積もろうにも、法律的にはどの辺までをセーフだと思っているのか、さっぱり見えてきません。
そんな状態で判断しろと言われましてもねぇ・・・。


天下のお役人たちがどういう見解を出してくるか。
まぁ、仕上げを楽しみに待ちましょう。



・・・と、思っていたのですが・・・。
あの後、更なる重大事件が続いたためか、低血糖騒ぎはほとんど報道されなくなりました。
これをいいことに、役人たちはうまいこと逃げ切りを図ったかもしれません。
こりゃぁ、お役人たちはほっかむりかな・・・。
2014.05.14 失神
救急外来には発作性に意識消失を起こした患者さんが良く運ばれてきます。
そう言う人は大体神経内科にお鉢が回ってきます。
迷走神経反射による失神、てんかん、不整脈による失神などが多いでしょうか。

ある日の外来。
昨夜、意識消失のため救急外来へ搬送されたという方が受診されました。
検査は一通り問題なく、搬入後は意識もしっかりしているため、「明日神経内科を受診するように」と指示され帰宅と相成った由。
患者は60前の男性で、喘息で近所のクリニックに何年も通っているとのことで、ご丁寧に紹介状まで持ってきてくれました。こちらへ来る前にわざわざかかりつけ医へ寄って、紹介状を貰ってきてくれたようです。
身体が大きく、声が大きくて良くしゃべる人です。紹介状にはCOPDと書いてあり、なるほど口から煙草の匂いがします。

話を聞くと、激しくせき込んだ後の失神で、以前にも何度か同じようなことがあるとのこと。
その他倒れた時の状況を詳しく聞いて、おそらく咳嗽性失神だろうと当たりをつけます。
ただ、「全身がぴくぴく震えた」と言うので、一応てんかんの可能性を考え、検査へ。

その間に、外来に置いてある「神経内科ハンドブック」をひもといてみました。すると・・・

「30~50代の男性で、COPDの既往があり、過度の喫煙、身体が大きく肥満、陽気な性格の人に多い傾向」
と書いてあるではないですか。


確かに、、少し大柄で肥満体型、一見して「ドン!」と言うボリュームたっぷりの人です。
話し方からしても、まぁ押しの強いタイプです。
検査から帰ってきて、いろいろ話をする中で普段どんなキャラだと思うか聞いてみたところ、
本人やご家族からも「陽気」だとの答え。

恐ろしいほどに当たっています。すごい・・・。
幸い、他の検査には異常がなかったので咳嗽性失神の典型例ですねとお答えして、
紹介状のお返事にもその旨を記載して無事帰宅となりました。

いやはや・・・昔の人の観察眼に敬服するばかりです。


参考文献:神経内科ハンドブック 第4版 編集:水野美邦 医学書院 p。252
気だけは若いつもりの私ですが、体力やピント調節などと共に色々衰えを感じつつあります。
そんな中で、若い人(という表現も自分が年を取ったようで抵抗があるのですが)とのコミュニケーションで、言葉の世代間ギャップに驚くことが少しずつ増えてきました。
ましてや、私達の親・祖父母世代の患者さんと、経験の浅いスタッフとの間では、思わぬ行き違いも生まれます。

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あるおじいさんのナースコールが鳴って、若い看護師が向かいました。
「どうされました?」
「部屋を替えて欲しいんだわ」
「どうされたんですか?」
「ここは窓際だから、日当たりがきつくて・・・」
「分りました。師長さんと相談してみますね」
「シチョウって・・・・どこの市長だ?」
「?・・・・この病棟の師長ですが」
「おらぁ、○○市に住んでんだ。ここは××市だろう?」
「??・・・・・はぁ・・・その通りですが」
「何で市長と相談なんかすんだ?先生と婦長さんで決めりゃよかろう」
「ええ、ですから師長さんと相談して・・・」

同じ部屋の隣の患者さんを診察していた私。
診察の間は、笑いをこらえながら黙って聞いていたのですが、押し問答でらちがあきません。
あまりのんびり構えていると、このままではシャレにならなそうな雰囲気になってきました。これは若い看護師の手には余るようです。私の受け持ちではありませんが、幸い、神経内科の患者です。診察を終えると、横から口を挟みました。
「すみません、おっしゃることはわかりました。私から婦長に相談しておきますから」
「あぁ、そうけ。んじゃ、よろしく」


若い看護師は「医師と看護師に対する態度が違う」とでも思ったのでしょうか、不満顔でしたが、部屋を出てから教えてあげました。
「お年寄りの頭は『看護婦』で固定されているので、『カンゴシ』と言えば『看護士』だし、師長は『婦長』と言わなければ通じないことがあるよ」
「そうなんですか・・・」
ずっと「師長」で育ってきた看護「師」はいささか不思議そうな顔をしていました。

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自衛官にも「シチョウって、何だか自衛隊みたいだな」と笑われたことがあります。
自衛隊にも、「士長」すなわち「シチョウ」がいるのです。

医者モノでは「死んだ医者(寝台車)」とか「ヤクザ医師(薬剤師)」なんて他愛もない言葉遊びもありますが、言葉の行き違いは予想もしない行き違いを生むことがあります。
それが笑える結果ならいいのですが、時に悲劇に至ることもあります。
時には魔法の薬になることもあり、治療の効果を帳消しにする毒にもなります。

上手く使いたいものですね。