2017.11.01 前回の続き
今日から特別国会が始まりました。第4次安倍内閣が粛々と発足しましたが、野党の方は混乱が続いているようです。

私たちも、高校時代には三権分立だの、議院内閣制だの、二院制だの、衆院と参院の議員定数や任期だのと、政治のシステムそのものは習った覚えはありますが、正直普段のニュースを見たり世の中の流れを見るのに役立った覚えはありません。
結局、選挙前に慌てていろんなことを見たり調べたりするだけなのですが・・・・
それって、試験前に一夜漬けしてるようなもんですよね。
結局、何にも理解は深まりません。


むしろ、例えば今の国政選挙は小選挙区・比例代表並立制で、過去には中選挙区だったこともあって、それぞれの選挙システムにはどういう差があってどうのこうの・・・とか、一票の格差問題とか、自民党はこういう政党で、共産党はこういう政党で、それぞれの政権公約がこんな風で・・・などということを授業でやってくれれば大いに役立つしそれなりに面白いのに、と思うのに、それは習いませんでした。
そういうのは、教員のバイアスがかかるから駄目だということなのだそうです。
それはどうなんでしょうね。

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今回は、参政権が18歳まで引き下げられてから、初めての衆議院選挙でした。
選挙で投票するには、個人や政党の公約を評価しなければなりません。
例えば、医療・福祉・介護の政策一つとってみても、介護職の待遇改善を謳う公約は多いですが、では財源はどうするとはどの党の選挙公約を見ても、どこにも書いていません。

そもそも、介護職の給与は、利用者が介護を受けた時に支払われる介護報酬をもとにしています。この介護報酬は、国の負担(=介護保険料)と利用者の自己負担分でできています。
つまり、介護職の給与を上げようとすると、利用者の負担を増やすか、国のお金を出すしかないんです。
そもそも社会保障費が国の財政を圧迫するから、1円でも削りたいと言っているときに、さらに国のお金を出すのか?という話です。
ではその財源は?というと、これまでは消費税の増収分で賄うと言ってましたが、あくまで「社会保障に使う」と言っているだけで、全額が介護保険に回ってくるわけではありません。それに、消費増税は景気の腰を折るということで延期されました。
じゃあ、キツい仕事の代表格である介護職の待遇をどうやって解消するのでしょう。
そもそも、介護施設の収入源はほとんど介護報酬ですから、介護報酬が増えないと給料も上げられません。この辺は、企業努力で何とかなる範囲ではないんです。

加えて厳しいのが、人材難です。
景気が良くなって、有効求人倍率が上がる、失業率が減るということは、探せばどこかに仕事があるということで、これまでは介護に回ってきていた人材も他業種へ流れてしまうということを意味します。だって、キツい上に給料が安いんですから。
となると、介護を行う人材はもっと減ります。現場はもっときつくなり、もっと人が流出します。

おまけに、最近は色んな業界で人材難です。介護業界だけでなく、保育、建設、IT、流通、農林水産業・・・もっと高度な資格職、医師や獣医師、教員だって足りません。そもそも人手が余ってるのなんて国会議員ぐらいじゃないんでしょうか?

では、介護職の待遇改善のために、財源の手当てをどうする?どこからお金を持ってくる?
保育士の給与だって上げなければ。
被災地の支援のためにもお金がいる。
廃炉のコストもかさむ。
五輪もお金がかかる。
教育や研究にだってお金を落とさなければ。
防衛費だってあまり削ってもいけない。
台風や地震の復興・補償にも回さなければ。
でも、日本の人口は高齢者が多く、若い人が少ない。
自分で収入を得て税金を払うよりも、他人や税金や年金などの世話になっている人の方が多い。
つまり、収入より支出の方がどうしても多くなる構造にある。
さあ、どうする・・・?

というところを、高校辺りで教育してもらいたいんですがね。
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台風襲来と同じ日で、TV局はさぞ大変だったでしょうね。
結果は、自民大勝、希望失速、立憲民主躍進と言う結果でした。
その後もやれ前原さんだ小池さんだとか、山尾さんがどうしたとか、色々まだ尾を引いていますが・・・。

いやはや、今回の衆院選は民進、希望、立憲民主の3党に話題が集中しましたが、私としてはせっかく安倍さんが消費税の使い道を云々だと言っているので、そっちをやって欲しかったのですが・・・・TVは政局のことばかりで、政策のことはほとんどやりませんでした。
中でもひどかったのが、TV朝日の報道ステーション。
選挙活動中の党首たちを8人も揃えておいて、聞いたことの半分以上はモリカケ問題。残り時間でちょろっと憲法のことをやって、時間切れ。
そのうち政策討論になるかと我慢して見ていたのに、時間のムダでした。
ネット上でも散々に叩かれてました。
富川アナ、レベル低すぎる。
ネット上では「報道ステーションは2度と見ない」との声も。うんうん、よくわかります。

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どの局のどの番組も、「政策を徹底比較!」とか言っといて、中身は各党の選挙公約を本当にただ表にして比較してるだけ。小学生でもできるレベルです。でもって、「有権者は中身をよく考えて選ぶ必要が・・・」とか宣っている。
まったく・・・レベルが低くてめまいがしそうです。
選挙公約なんていいことしか言わないんだし、有権者からすれば「その公約のウラは?実行することのデメリットは?」なんてツッコミができないんだから、マスコミがそこやんなきゃだめでしょうが!!
池上さんも、開票だけじゃなく、どっちかと言うと投票前に特集組んで、それこそ各党首や主要候補に切り込んで欲しいものです。

その政策を実行するのに、財源はどうするのか。
お宅の党は、中負担・中福祉を目指すのか、高負担・高福祉を目指すのか。
あれこれ国民にメリットのある政策を並べるけど、財源は?PB正常化は?
安保反対はいいけど、実際に外国からの脅威にどう対応するの?
外交で解決するから軍事力はいらないとか言うんなら、政治家としてあまりにも幼稚。危機管理ってものをどう考えているのか。
とにかくもう、聞きたいことだらけなのに、マスコミのレベルが低いものだから、選択に何の助けにもなりませんでした。
1つだけ得るものがあったのは、共産党のスタンス。
「仮に政権政党になった時に、自衛隊の位置づけをどうするのか?」と言う質問に答えた内容には笑いました。

それにしても、マスコミの皆さんにはもっとしっかりしてもらわんと困ります。
「権力の監視」などと胸を張るのであれば、それなりのレベルでやってもらわんと。

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一方で、TVの街頭インタビュー見てると、「わかりにくい」とか言ってる人がいたのにはびっくりしました。
そんな、対立構図が分かりやすいかどうかなんて、選び方としておかしいでしょうよ。
逆に、選択肢は多く細かい方が自分の意向にあった政党を選べるとも言えるのに。
マスコミの番組作りに踊らされてるんじゃないでしょうか?

とはいえ、自民が大勝したのも、結局野党が頼りないからでしょうね。
あんまり勝たせすぎると、またぞろ金権政治がはびこりかねないと危惧されるのですが・・・。
ただ、国民はやっぱり、あの毎年首相が変わり、民主党政権でガタガタになった時のことは覚えていると思います。
あれに比べりゃ、モリカケぐらい大したことじゃない。
そう言う声なんだろうと思います。
ウチの病院はもともと、精神科単科の病院ですが、いま内科病棟を作っています。
その工事が終わりました。
多少の残工事はありますが、基本部分は完成し、後は保健所の検査を残すのみです。
ほぼ完成した新しい病棟を見ていると、「おお~・・・」と思います。

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思えば一昨年。
12月に駆け込みで一般病床の取得に走りました。

ご存じない方のために説明しますと、病院のベッドというのは、誰でも好きなように作れる訳ではなく、県の許可がいります。
そして、医療は政策と深く関わるので、県内全体のベッド数と言うのは、きちんと管理されています。
具体的には、2次医療圏という圏域(当院の場合は尾張西部医療圏と言い、稲沢市と一宮市で構成されています)に一般病床がいくつ、精神科病床がいくつ・・・と割り当てられていて、簡単に言うと欲しい人(病院)が手を上げてそのパイを取り合うという仕組みです。
私としては、過去の経験から、当院でも内科病棟の必要度は高く、自分が内科医と言うこともあって、どうしても内科病棟が欲しい、いつかは内科病棟を・・・と狙っていたのですが、たまたま平成27年秋に「一般病床に空きができた」という情報を得たので、獲得に動いたという訳です。

申し込みの締め切りまで時間がない中を、懇意にしている山田設計さん(稲沢市)に無理をお願いして、ほぼ1ヶ月で基本計画(大雑把な建築図面)まで形にして、提出。併せて、県の健康福祉部や保健所のご指導を仰ぎつつ、医師会長の先生方にもご挨拶に伺い、計画の説明をしたところ、幸いにも快くご理解頂くことができました。その後も色々ありましたが、概ね計画通り認められ、めでたく認可が下りました。それが平成28年の2月頃でしたでしょうか。
そこからは建築業者の選定です。

この時は、本当に不思議な縁としか言いようがない出会いで清水建設の方々と知り合うことになり、その全員が「これは」と思わせてくれる人物だったので、これはもう清水建設という会社の良さだろうと思い、清水建設にお願いすることにしました。
結果として、この勘は当たりました。本当にいい仕事をしてくれました。
こうして建築業者の選定は滞りなく済み、実施設計に入りました。実施設計に入った頃は、「本当に出来上がるんだろうか」と思ったものですが・・・・。

清水建設始め、工事関係者の皆さんのご協力もあって、工期の遅れもなく順調に進みました。
清水建設内部の検査、設計事務所の検査、消防の検査は無事終了し、本日、施主としての完了検査を終えました。
あとは保健所の検査を経て月末に引き渡しを受ける予定です。
竣工式と内覧会は10月に予定していますが、関係の皆様方にご披露するのが今からもう楽しみです。

実際の稼働は11月からの予定です。
念願だった内科的治療と、難病の方の受け入れを、いよいよ当院でも始めます。
今日は、職員の結婚式に出席してきました。


年に何度か、こうしたお呼ばれがあります。
最近は、人前結婚式が当たり前になりました。参列者を証人として、結婚の約束を取り交わすと言うものです。

そして、披露宴も様々に工夫が凝らされています。
ですが、おおよその形や流れは概ね定式化されていて、
①新郎新婦入場
②主賓挨拶
③乾杯
④ケーキ入刀&ファーストバウト
⑤歓談、新郎新婦と写真撮影
⑥お色直し、その間に子供時代からこれまでの過程のビデオ
⑦再入場
⑧歓談、友人・親族からの祝辞(時に会場の客に振られる)や出し物
⑨新婦から両親への手紙
⑩新郎新婦と両家の両親の挨拶→退場
⑪挙式から披露宴の途中までを編集したビデオを流す
⑫招待客退場
とまあ、大体こんなところです。④、⑤、⑧は入れ代わったりしますが。

そして、この中でプランナーがお涙頂戴を意図するところも、大体決まっています。
分かってはいるのですが・・・・
40歳を超えてから、猛烈に涙もろくなって、予想しているのに泣いちゃうんですよね、これが。
新婦から両親への手紙なんて、30代の頃は寒くて聞いてられなかったのに・・・。

幸い、今日は「新婦の友人から新婦にあてた手紙」と言うものがなかったので、泣きポイントが一つ少なかったのですが。
これも、めちゃめちゃありがちな場面です。
新婦の親友から新婦に祝辞、それは手紙の形でなされて、「〇〇ちゃん、ご結婚おめでとう。いつも通り、△△と呼ばせてもらうね」的な感じで始まり、「・・・だったよね」が多用され、途中で涙声になり何とか終わる・・・。
もう、みんな本当に、絵に描いたように一緒なんです。
正直、「また始まった・・・・」と思うんですが、それでももらい泣きしちゃうんですよね。

今日も、ダメでした。
⑥と⑨と⑪で、注文通りボロボロと。
今日などは、最初気丈に手紙を読んでいた新婦が、お母さんの手料理の話になった途端に一挙にこみあげてきたものがあったようで、「うっ」と声を詰まらせてしまって、そこでダメでした。
いや、その前に、新郎のおばさんという方が「今日はもう嬉しくて最初から泣きっぱなしで」なんて言うもんだから、もうその時点で危険水位に達してしまっていました。
一番いけなかったのは、⑪。
花嫁の父が、バージンロードを歩む顔が、嬉しそうな、照れくさそうな、寂しそうな、何とも複雑な顔で映り、新郎に引き継いで(その時は笑顔)、指輪交換などへ移っていく・・・
そこに、新婦の父親の顔がどアップで挟まれる訳です。
目に涙をいっぱいに溜め、プルプルとふるえて、懸命に涙をこらえている姿が。
こうやって思い出して書いてるだけでもう、いけません。
私に娘はいませんが、花嫁の父の気持ちを想像するだけでもう、泣けてきます。
挙式の時に花嫁の父親の後ろ姿を見るだけでぐっと来てしまいます。

2年ぐらい前には、しゃくりあげそうになってヤバかったこともあります。
親族でもない、職場の上司と言うだけの人がしゃくりあげてるなんて、どう考えても変でしょう。
さすがにこらえ切りましたが。

もっと年を取ったらどうなってしまうんでしょうか。

それでも、感動の涙と言うのは悪くないもんです。
ウェディングプランナーのあざとい演出にいささか辟易としながらも、式が終わって泣き終わった後は気分もすっきり。
泣くのって、気分が晴れるんですよね。

秋にももう1件、招待されています。
あぁまた、ぼろぼろ泣いてしまうんだろうなぁ。


よしひろくん、あやかさん、末永くお幸せに!!!
小林麻央さんが22日、亡くなりました。
連日、どの局でも報道しまくっていて、今日は追悼番組もありました。
一介のフリーアナウンサーでしたが、元々人気者だったし、成田屋・市川海老蔵の奥さんという立場もあって、如何に影響が大きかったのかを見せつけられます。
34歳という若さもそうですが、事の発端が乳癌の見逃しと言う、医師からすれば決して他人事とは思えない事態だったせいもあり、またデビューの頃からよく見ていたアナウンサーだったこともあり、注目していたんです。

骨や肺に転移し、酸素吸入のカニューレも巻いていたので、さぞかし痛かったり苦しかったりしたでしょうが・・・。
ブログの顔写真も、いかにも病人ぽくて、気の毒と言うほかありません。
それでも小さな幸せを見つけてはこまめに発信していた姿勢には脱帽です。

26日の海老蔵のブログで、勸玄君が突然泣き出した、それが「ママを失った事を必死に耐えていたんだ・・・とわかる泣き方でした」とあったのは・・・もう、痛ましいとしか言いようがありません。
母が亡くなったことを彼なりに理解し、受け止め、父を思いやって耐えていたのでしょう。
小さな子供を持つ同じ親として、切ないったらありません。
自分が病気になったらどうするかな・・・。
そんなことも考えてしまいます。


この若さで、しかも癌としても不幸な経過をたどって、小さな子供と大きな責任を背負った夫を残して死ななければならなかった悲劇に、どうしても「気の毒」「可哀想」となるのですが、それは本人の意思に反するそうです。
「病気になったことが私の人生を代表する出来事ではないから」と。
なるほど、その通りです。

海老蔵も、歌舞伎界を代表するプリンスと言う重大な立場にいながら、よく支え、ここまで看病してきたものです。いやはや脱帽です。

私も、これを機に自分が病気になった時のことを考えてみたいと思います。