睡眠学会へ行ってきました。
今回は秋田大学の主幹のため、秋田県での開催です。
3月に開通したばかりの秋田新幹線「こまち」に乗ってきました。
上野から3時間45分。長かった・・・。

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今時は、「眠り」も医学になります。
ご存じない方には想像もできない程、緻密でマニアックな学問が展開されています。

内科学会、外科学会など他の一般的な学会は、基本的に病気を対象にしますので、病気にならない人にはあまり関係ありません。
誤解を恐れずに言えば、普段の生活にはそんなに密着しません。
ところが、睡眠は違います。
生まれてから死ぬまで、全ての人がほぼ毎日睡眠をとります。
しかも、眠りには寝室の環境(温度・湿度や明るさ、静けさなど)や食事も関わります。
つまり、普段の生活とバッチリ密着するんです。

一方で、悪い睡眠は肥満や生活習慣病の遠因にもなりますし、病気が不眠の原因になったりもします。
睡眠時無呼吸症候群やレム睡眠行動障害、ナルコレプシーなどと言った病気に関わるものや、睡眠薬の使用などのテーマは、まさに睡眠医学のイメージですが、それだけではありません。糖尿病や高血圧をはじめとする生活習慣病、アレルギー性鼻炎、喘息、てんかん、うつ病などと言った、一見睡眠とは直接関係なさそうに見える病気との関連も熱く語られており、とても幅広い分野です。
睡眠と病気が関わるという面では、まさに医学なんですが、その一方でライフサイクルに組み込んだ睡眠、人間工学とか住環境などと言った側面もあり、そう言う内容の発表もありますし、企業展示では医科機械メーカーだけでなく、健康器具や寝具メーカーも来ています。
また、職業運転手やシフトワーカーの睡眠不足と業務安全、労務管理も重要なテーマです。慢性の睡眠不足はうつ病の危険因子にもなるため、自殺対策とも関連し、結構ホットな話題です。
睡眠時無呼吸症候群に関連しては、耳鼻科や歯科の関連が密接で、今回の発表者にも歯医者さんがかなりいたようです。
一方で、検査技師さんの発表もあります。明らかに20代前半と思われる女の子が演台に立っていると、それだけで初めてとわかります。発表も原稿棒読みでたどたどしいし、下向いてばかりなので声がマイクに届かず、良く聞こえない。顔も声もコチコチです。可愛らしいんですが、聞いてる方は聞きづらいんですよね。発表後、高度な質問が飛んできた時、しどろもどろになっている姿は微笑ましいです。当人は汗だくでしょうが。その辺、質問者と共同演者との高度な議論は、感心することしきりです。

病気以外のネタでは、睡眠の生理機構などが面白そうでした。
睡眠は人間だけがとる訳ではありません。他の生物も眠ります。
マニアックなものではショウジョウバエや他の哺乳類、霊長類の睡眠なんてものもありましたが、他のセッションとかぶっていて聞けませんでした。残念。

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昨日は同時に別会場で市民公開講座が開催されました。
テーマは「宇宙と睡眠」。
近年、日本人の宇宙飛行士が増えましたが、近年、宇宙に動物を連れて行ったりして、それらの睡眠についても調べているそうです。もちろん、宇宙飛行士の睡眠についても調べられているみたいです。
人間が宇宙に住んだ時の影響とかも視野に入れているのでしょう。
夢のあるテーマですね。睡眠学会だけに(?)

お後がよろしいようで。
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気だけは若いつもりの私ですが、体力やピント調節などと共に色々衰えを感じつつあります。
そんな中で、若い人(という表現も自分が年を取ったようで抵抗があるのですが)とのコミュニケーションで、言葉の世代間ギャップに驚くことが少しずつ増えてきました。
ましてや、私達の親・祖父母世代の患者さんと、経験の浅いスタッフとの間では、思わぬ行き違いも生まれます。

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あるおじいさんのナースコールが鳴って、若い看護師が向かいました。
「どうされました?」
「部屋を替えて欲しいんだわ」
「どうされたんですか?」
「ここは窓際だから、日当たりがきつくて・・・」
「分りました。師長さんと相談してみますね」
「シチョウって・・・・どこの市長だ?」
「?・・・・この病棟の師長ですが」
「おらぁ、○○市に住んでんだ。ここは××市だろう?」
「??・・・・・はぁ・・・その通りですが」
「何で市長と相談なんかすんだ?先生と婦長さんで決めりゃよかろう」
「ええ、ですから師長さんと相談して・・・」

同じ部屋の隣の患者さんを診察していた私。
診察の間は、笑いをこらえながら黙って聞いていたのですが、押し問答でらちがあきません。
あまりのんびり構えていると、このままではシャレにならなそうな雰囲気になってきました。これは若い看護師の手には余るようです。私の受け持ちではありませんが、幸い、神経内科の患者です。診察を終えると、横から口を挟みました。
「すみません、おっしゃることはわかりました。私から婦長に相談しておきますから」
「あぁ、そうけ。んじゃ、よろしく」


若い看護師は「医師と看護師に対する態度が違う」とでも思ったのでしょうか、不満顔でしたが、部屋を出てから教えてあげました。
「お年寄りの頭は『看護婦』で固定されているので、『カンゴシ』と言えば『看護士』だし、師長は『婦長』と言わなければ通じないことがあるよ」
「そうなんですか・・・」
ずっと「師長」で育ってきた看護「師」はいささか不思議そうな顔をしていました。

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自衛官にも「シチョウって、何だか自衛隊みたいだな」と笑われたことがあります。
自衛隊にも、「士長」すなわち「シチョウ」がいるのです。

医者モノでは「死んだ医者(寝台車)」とか「ヤクザ医師(薬剤師)」なんて他愛もない言葉遊びもありますが、言葉の行き違いは予想もしない行き違いを生むことがあります。
それが笑える結果ならいいのですが、時に悲劇に至ることもあります。
時には魔法の薬になることもあり、治療の効果を帳消しにする毒にもなります。

上手く使いたいものですね。
そろそろ神経内科専門医試験の時期です。今年は、6月15日。今週の土曜日です。
私は3年前の平成22(2010)年に受験しました。
試験会場は、永田町にある都市センターホテルです。
当時はまだ赤プリがありまして。
私は1度落ちたのですが、2回目の受験の時はもう赤プリがなくなると言うので、慌てて泊まりました。
結局、翌年の震災の時も避難所に使ってましたが。


神経内科に限らず、昨今は色んな専門医があります。
ざっくり言うと、内科系は内科認定医、外科系は外科認定医を取得して初めて、各専門分野の専門医の受験資格が得られるという2階建て構造になっています。眼科・耳鼻科・産婦人科や精神科、小児科などはそれだけで1つの基本領域を形成しており、それら認定医を受験しなくても専門医が取れる仕組みになっています。
更に、それら内科・外科の専門医を取得した後に、例えば脳卒中専門医、頭痛専門医、てんかん専門医等々という、より狭い専門医を取得していく仕組みになっています。ただ、これらの専門医は、現在の所学会認定資格・・・要するに、任意団体が勝手に創設した資格にすぎません。法的には何も裏付けはないのです。

これでは制度上色々まずかろう、という声は以前からありました。また、専門医を持った医師と研修医と、どちらが診療しても同じ価格って、そりゃないよという声も医療業界から出ていました。


更に、専門医と言っても本当に色々です。中には、数年間の実務経験だけでほとんど勉強しなくてもとれるようなものもあったと聞いています。その点、神経内科専門医は、かつては試験が厳しいことで有名でした。
何しろ、大学で5年も6年も修行して、試験勉強もばっちりやった受験生たちが受けても、2~3割しか通らないという狭き門だったんです。
大学病院の医師ですら一生のうち一度も遭遇しない様な珍しい疾患についてバンバン出題されるという、かなりマニアックな試験だったらしいです。ですから、大学教授のレベルでもぼろぼろ不合格になっていました。
それはあんまりだろうという話になって、近年は合格率が上がっているようです。
それでも、筆記試験に通っても2次試験で口頭試問と診察実技の試験があって、普段診療をしていない、机上の勉強だけの資格ゲッターは排除されるようになっています。


ともあれ、あんまり簡単な専門医試験では信頼性が乏しかろうということで、厚労省が乗り出しました。
国の外郭団体として専門医認定機構をつくり、そこで各種の基幹領域の専門医の認定を一手に握ろうという訳です。
認定手数料や受験料などで収入を得ようと画策しているという噂も。
今まさに制度を替えようとしてごりごり押してきている状態で、我々も戦々恐々です。
専門医更新のための手続きなども変わるらしく・・・どうなることか、注視していきたいと思っています。
ただ、私達にとっては厳しい話ですが、国民全体にとっては、概ねいい方向に流れる(また、そうあって欲しい)ようです。

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今頃は受験生たちが最後の追い込みにかかっている事でしょう。

専門医受験生の諸君、頑張って下さい。
もしこれを読んでいたら、残り時間は少ないですが、参考にしてみてください。


我々神経内科医は、案外脊椎・脊髄の疾患に遭遇することが少なく、画像も見慣れていませんが、専門医試験では結構な分量が出題されます。代表的な所は押さえておいた方がいいでしょう。
遺伝性の疾患もしっかり押さえておいた方がいいと思います。iPS関連で移植医療が現実のものとなりつつあり、神経内科領域でも移植医療のガイドラインが出たことですし。法的取り扱いも勿論ですが、特に変性疾患やtriplet diseaseでは、子供の診断が親の発症前診断につながってしまうなどデリケートな問題を孕んだりして、倫理的側面など一般臨床ではあまり触れないけど微妙な部分もありますので。
あっ、法律で思い出しました。各種感染症類型と、インフル&風疹。当然、脳症や先天性風疹症候群も押さえておいた方がいいでしょうね。関連法規も忘れずに。
法律と言えば、脳死判定。専門医試験を受ける人ならすでにお判りでしょうが、法的な部分は正解が明確なだけに問題にしやすいです。
てんかんと道交法の問題も、現時点での法的取り扱いなど、復習しておいた方がいいでしょうね。ガイドラインもチェックしておきましょう。
ガイドラインと言えば、この数年、神経学会や神経治療学会、神経救急学会などが色んなガイドライン出してます。GBS関連やMG関連、MS関連など。特にこれらの免疫性神経疾患は、近年IFN関係やら抗MuSK抗体やらAQP4とNMOやら、割かし動きが活発な領域ですので。
IFNと言えば、多発筋炎もありますね。筋疾患の中ではポピュラーな疾患ですが、筋疾患自体は遭遇することが割に少ないですから、復習をお忘れなく。
筋疾患と言えば、筋生検。私が受けた時には図が出てきて、ここに入れる液体の組み合わせは何?ということで、液体窒素とイソペンタンを答えさせる問題がありました。経験のある人なら一発正解のサービス問題ですが、経験がなければ太刀打ちできません。経験のない人は手技的な部分にも目を配りましょう。神経生検も同様です。生検する神経のチョイスや、術後の後遺症などを聞かれた覚えがあります。
筋病理は、さすがにおろそかにしている人はいないでしょう。やっぱり病理は専門医試験の中では結構なウェイトを占めます。ただ、脳と筋にかまけて、末梢神経の病理を忘れないようにしましょう。Onion skinとか。
あと、筋疾患は筋電図との関連で色々ありますね。さすがに全く読めない人はいないでしょうが(そんな人がいたら、今年の合格は諦めた方がいいですね)、電気生理関係は判読のみならず実施についても電極の位置や皮膚温など、実践的知識を要求されたりします。今更ですがやっぱり何度かは自分でやって見ないと。
手技ものと言えば、Botoxもあります。痙性斜頸や筋拘縮への適応拡大がありましたので、こちらも手技的な部分も含めて復習しておいた方がいいでしょうね。GSKのサイトをチェックです。
治療技法つながりで。
Pompe病の酵素補充療法や、筋ジスのexon skippingなど、新しい治療技法は押さえておくべきです。
あと、脳梗塞では心原性脳塞栓がt-PAの縛りが4.5時間になったことやダビガトラン・リバーロキサバンなど新規抗凝固剤が出たこともあり、やっぱり重要な所ですね。アテローム系ではTIAの概念が変わることがトピックスでしょうか。BADの治療はまだコンセンサスが得られていませんね。CEA・CASは適応だけではなく、背景のevidenceもチェックしておきましょう。再発予防のための条件(血圧コントロールとか、リスクファクターの数とか)も忘れずに。血管障害では、案外静脈血栓に遭遇することが少ないので、経験のない人がいるかもしれません。典型の経過と画像は要チェックです。
それと、Huntington病。テトラベナジンが発売されたこともあり、やはり不随意運動の機序などと共に押さえておくべきでしょう。それから、疼痛性疾患。線維筋痛症とか、機能性疼痛性疾患の病態もだんだんわかってきたこともありますので。私の時は、各種トリプタン(スマ、エレ、ナラ、ゾルミなど)の効果発現や持続時間などの特徴を対比させつつ聞いてきた問題もありました。
その他、ALSのSOD遺伝子、FTDP-17、ADにおけるアミロイドのミスフォールディングとCJDの共通項などは認知症に絡んだ、もはやtopicsとは言えませんが重要なキーワードです。認知症つながりでは、髄液中のタウ蛋白・リン酸化タウ蛋白が保険収載されましたが、適応疾患がそれぞれ違います。AD絡みではChE阻害剤3剤とメマンチン、その他抑肝散などは、もはや知っていて当然でしょうね。MIBG心筋シンチも、early phaseとdelay phaseでおおよその値は知っておいた方がいいかもしれません。Cortico-Basal Syndromeなんてのも押さえておくべきでしょう。
睡眠障害ではRLSの治療薬が増えつつあります。LBDとの絡みもあり、Braakの仮説など色々研究の進展もあり、他の基底核系の疾患やα-シヌクレイノパチーといった観点からも復習しておきましょう。
ナルコレプシーとオレキシンなんてのもキーワードのひとつでしょうか。
検査で言えば、頸動脈エコーも、専門医としてはある程度読めて欲しいので、やっぱり要チェックです。
最後に、NMDA受容体脳炎など特殊な感性症にも気をつけて。


ただ、近年の専門医試験は、あまり奇をてらった問題はないようです。卒後5~7年目ぐらいの神経内科医が知っておくべき事項、といったレベルを想定しているんじゃないでしょうか。細かい所に拘泥しない方がいいかもしれませんね。その点、五十棲先生の本はさすがに古くなっていると思います。

泣いても笑ってもあと2日です。
受験生の皆さん、頑張ってください。
前回の続きです。

医師の勤務状況を一変させた事件とは何か。
その前に皆さん、研修医はつい10年ほど前まで労働者と認められていなかった、と言ったら信じられますか?
嘘のような本当の話です。

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平成10年に、関西医科大学で臨床研修医が死亡する事件が起きました。
簡単に言えば、研修医が過労死して、父親(社会保険労務士だったようです)が独自に勤務状況を調べ上げたところ、「今時こんな劣悪な労働環境があっていいのか」と愕然としたという話です。
この手の問題は以前から散発していたのですが、みんな泣き寝入りしてきました。ところが、このお父さんはさすがに専門家です。労働者の基本的権利が守られていないという深刻な問題に気付いたのでしょう。
驚いた父親はマスコミも巻き込んでこれを社会問題にしました。敢えて問題提起したかったということのようです。
マスコミも飛びつきました。
ただ、お粗末だったのがマスコミの報道姿勢です。いつもの癖ですが、この問題を「全国のシステムが悪い」のではなく、「関西医大が悪い」という(そう受け取れる)色合いの取り上げ方で済ませてしまいました。
国やシステムが悪いという報道をしなかったのです。

折悪しく、この事件が発生した平成10年当時は、全国あちこちの病院でケアレスミスによる死亡事故が多発し、マスコミの医療バッシングが恐ろしく激しかった頃です。そのためか、この研修医死亡事件も我々が期待したほどの大騒ぎにはならず、医療バッシングが緩和されるほどではありませんでした。

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それはさておき、この件は結局訴訟になったのですが、ここでのポイントは、大学側の主張です。
すなわち、「研修医は教育を受ける身分であって、労働者ではない」というものです。
従って、1日8時間、週40時間を超えて働かせてもよく、しかも給与は支払われていません。支払われるのはあくまでも「奨学金」であって、大学側の好意で出してあげているものです。
実態としては、大学の医局に所属し、大学病院に常勤して、その指揮・命令のもとで診療行為を行っている訳なので事実上は「労働」を行っているのですが、大学の言い分は、「それはあくまで『研修』、すなわち教育の一環であって、他の者が行う『労働』とは一線を画す」というもの。いわばOJTと言ったところでしょうか。断っておきますが、研修医と言えども、医師国家試験をクリアして、きちんと医師免許を取得した、れっきとした医師です。
一般の感覚からすると、大学側の言い分はいかにも苦しい言い訳のように聞こえますが、実はこれ、当時の大学病院における一般的な感覚であって、何も関西医大に独特なものではありませんでした。


私が研修医時代にも、「研修医には労働基準法が適用されない」という話を聞かされていましたし、「過去に、研修医の身分が争われた際に、結局労働者としては認めないという事になった」という話を聞いたことがあります(それがただの申し合わせ事項なのか、司法判断なのかは知りませんが)。
現に、私の母校でも、私が卒業した平成8年からで研修医の給与は基本給が月13万でした。全国的にはこれでも相当優遇されていた方です。その前の年が11万、その前が7万、その前まで5万でした。その後も、東京の医大病院に就職した後輩たちに聞いてみましたが、慈恵医大、順天堂、東京医科歯科大、東京女子医大・・・みんな月5万ぐらいです。私が卒業して5~6年の間は、どこでもそんなものでした。


研修終了後がまた酷くて、当時(今はどうだか知りませんが)「無給助手」という制度がありました。その名の通り、大学としては給与を出さない助手です。幸い、私の所属していた神経内科では無給助手を作らない方針でしたので、私自身はそういう事は免れましたが。
大学には有給のポストに人数の枠があって、それをはみ出た場合には大学からは給料は出ません。つまり大学病院に常勤医として働いて、医師としてキツイ仕事に従事しているのにいるのに、そこから給与は出ないのです。大体、卒後4~5年目以上の医師が多かったように記憶していますが、ではどうやって生計を立てていたのかというと、アルバイトです。
週に1回程度、関連病院に非常勤医師として勤務に出て、そこからお金を貰う訳です。
国公立大学なら公務員な訳ですから、人事に枠があるのはわからなくもないですが、実態として明らかに雇用関係にあるのに、給与を出していないって、どういう事なんでしょうか。どうやって法律関係をクリアしていたのか、謎です。


もっとひどいのは大学院生です。そもそも、医局に所属する時点で、一定の医局費を払わされます。院生は、さらに授業料を払わなければなりません。
大学や診療科によっては、「院生の間はベッドフリー(患者を持たなくてよい)」ということになっている場合があり、この場合は過酷な臨床からは解放され、研究に専念できます。生活費はアルバイトで稼ぐ訳です。院生は給与の高い病院に派遣させてもらえる、という暗黙のルールがあったりします。
でも、ベッドフリーにならない場合はきついです。大学で普通に診療しながら給料はもらえず、アルバイトで生計を立て、研究もしなければなりません。大学での診療はやっぱり夜遅くまでかかりますから、当然、研究や勉強は睡眠時間を削ってやることになります。


研修医の場合も、月5万ぐらいの給料で、日中だけでも食事もできないぐらい忙しいのに、加えて夜もほとんど眠れないぐらいの「当直」をやらされる。文字通り、死ぬほど働かされる訳です。
大学病院ともなると、夜間でも救急診療をやっている所が多いです。主として2次・3次救急という様な、救急車を受け入れる病院は夜間でも頻繁に救急車が入ります。そう言う病院なら、3~4時間眠れればよく眠れた方に入るでしょう。
しかも、経験を積まなきゃならないという理由で、患者さんが来たら一番に呼ばれるのは研修医です。研修医で手に負えない場合、上級医を呼ぶことになります。
これがまた当たり外れが大きく、「こんな軽いのでいちいち起こすな」などと言われることがあります。知識も経験も足りないから迷って頼っているのに、それで怒られると「じゃあ起こすなってことか」となります。それは見逃しや事故につながりかねません。そんなことをしたら「お前の責任」と言われます。法的にも、1人の医師である以上、責任を逃れることはできません。

大体、1日の勤務は私の場合ですと9:00から始まり、一応の終業時刻は17時でしたが、実質25~27時ぐらいまで仕事していました(研修医であること+個人の能力の面で要領が悪かったせいもあるのですが)。週に1回は8:00に出勤しなければならない日がありますし、外勤の日も早く起きなければなりません。当時まだ週休2日はまだ一般的でなく、土曜日は第3週だけが休みでした。ただ、土日もほとんど患者を診に出てこなければなりませんでしたし、そうでなくても関連病院の休日当直の業務をこなさなければなりません。関連病院の当直と言っても、いわゆる老人病院が多かったせいで業務自体は楽でしたが、連休の時などは連直もしましたし、とにかく家へ帰れません。正直、2~3日風呂に入らないこともざらでした。おかげでアパートの光熱費や水道代はほとんどかかりませんでしたが。
大学の勤務だけで計算しても、当時で時給に換算して100円ちょっとぐらいだったと思います。それを先輩に言ったら「100円超えてるだけましじゃねーか、俺なんか50,60円ぐらいだったぞ」と笑われました。

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ただ、これには歴史的経緯も絡んでいます。戦中・戦後の深刻な医師不足解消のための方策があって、インターン制度があって、それが廃止され臨床研修制度ができ・・・という流れがあり、その一方医局講座制のピラミッド構造があって、これは単に大学内の問題にとどまらず、当時の医師供給システムにどっぷり絡んでいた話で、加えて人口ピラミッドの変化や医師の需給予測等々、複雑な要因が絡み合った末での話なのです。

そう言う背景を踏まえ、厚労省としても清濁色んな目論見があって、元から研修制度自体を変えることは既定路線だったらしいのですが、この問題があってさすがに慌てたのか、前倒しにしたと聞いています。その分、少々拙速に過ぎた制度になったと思いますが、それはまだ別の機会に。
とにかく、研修医の身分は、制度上守られることになりました。

上記の訴訟でも司法判断で「労働者である」とハッキリ認定されましたし、労働時間や給与面でも一応「ちゃんとしなさい」と国がお達しを出しました。
医局講座制の解体と抱き合わせにして全国の臨床研修システムそのものをごっそり変え、研修医の身分も院長もしくは研修管理委員会の直轄ということで、各医局からは切り離し、研修病院もマッチングシステムで選べるように変更しました。
これはこれで研修の充実化に一役買っていることは事実です。
ですが、問題も多く、医療崩壊に拍車をかけた一因でもあります。

また、せっかく改善されたはずの待遇も、蓋を開けてみれば当初の予想とは異なるものでした。
そもそも、新制度では「研修医1人当たり月額30万円程度払いなさい」と言っておきながら、国は財源を十分に確保していませんでした。しかも、それを誤魔化すために、1つの研修施設に対しては給与も諸経費も込みで一括支給にしてしまったのです。割り算すると、研修医1人当たり月10数万です。しかもその内どれだけを給与に充てるかは、各病院の裁量に任せてしまいました。
その後の厚労省の調査では全国平均で月30万を達成しているとされていますが、好待遇の民間病院と給与の低い大学病院や関連施設との平均値であって、実態を反映していないとの声もあります。
事実、私の周囲で、現在の研修システムで研修した複数の医師に聞いた範囲内で、研修医時代で30万貰ってる人なんていませんでした。

その辺の制度に関することでは、もう言いたいことが山の様にありますが、とてつもない分量になるのでやめておきましょう。

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ともあれ、医師、なかでも研修医の劣悪な労働環境は、一定程度改善されることになりました。それに伴って生じた弊害もいろいろあって、その一部は医療崩壊に拍車をかけている面もあるのですが・・・・・・それは別の機会にしましょう。

「医師は今でも労働基準法の適用されない勤務形態にある」という、たった1行で済む話を、延々続けてきましたが、とりあえずこの辺でひとまず区切りといたします。


あぁ、疲れた。重い話題は書く方も疲れます。
次回はもっと柔らかい話題にしましょう。
前回、当直と夜勤の違いから始まって、労基法の話から、はては医療政策にまで話が及んでしまいました。
とにかく医療というのは特殊な産業で、経営母体は国公立から民間、大規模から零細まで幅広く、携わるのは国家資格を持った人が中心でマンパワーが限られる上に人件費がかさみやすく、緊急事態が常態で、おまけに公共交通機関や電力などと同じ社会インフラでもありますので、業界内部の話と政策・社会情勢ががっちり食い込んでいて、とどめに国民の健康を左右するという特性から、感情論や生命倫理ともあいまって、とかく話が複雑になりやすいのです。

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さてそれでは、前回の話の続きです。
もともと、医師(勤務医)は「組織立って自分たちの権益を守る」という意識が割と希薄でした。
そうなったのにはもともと江戸時代から続く医師の徒弟制度と、明治・大正の頃からの大学教授の権力構造、医師の社会的地位、医師会という組織の特性など、色々な条件があって、それはそれで話のネタとしては面白いのですが、本題から外れてしまうので、今回は見送ります。

そう言う縦割り世界でしたので、「勤務医」全体としての権益は守られてきませんでした。
その結果、どうなったか。
勤務医の劣悪な労働環境が平成の時代まで残り続けることになったのです。


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やっと本題に入りました。


そもそも、昔から医師の労務管理は滅茶苦茶でした。出退勤のタイムカードもろくにありません。「その日勤務しました」という出勤簿があるのみです。遅刻しても給料に響かない代わりに、終業時刻など有名無実です。

おまけに、昔から「医者たるもの」という聖職者意識が染みついていて、「医者たるもの、給料や労働時間のことを言うのは意地汚い、医師としてのモラルが低い」「命を預かる医者ともあろうものが、サラリーマンみたいなこと言うな」といった空気が業界内外に色濃く残っていました。
サービス残業どころか、残業などと言う意識すらありません。大学なんかに努めていると、午後5時以降、ようやく落ち着いて仕事ができる時間に入るんです。検査データを読んだり、カルテを書いたり、時にはご家族に病状の経過報告をしたり、資料集めをしたり・・・。場合によっては医局会やら抄読会やら職員研修やらで拘束されることもあります。
それが労働時間に入るなどと言う意識は、多くの勤務医が持っていないでしょう。
かく言う私も、神経内科に勤めていて、5時に仕事が終わった記憶など皆無です(その辺、精神科は楽でした)。むしろ、「ああ、これでやっと落ち着いて仕事ができる」という時間帯です。8時半に出勤して、12時間勤務などと言うのは珍しくも何ともありませんでしたし、そのことに何ら苦痛や疑問を感じていませんでした。
研究会でもないのに5時に帰るなんて、何か悪いことをしているような気になります。夜8時9時まで働くのが当たり前なので、そもそも5時に帰宅してもどうしていいかわからないのです。



今でこそ管理者の立場の私ですが、つい数年前までは大学病院の一勤務医でした(今でも非常勤医師ですが)。それまで労働基準法なんてほとんど気にしたことがなく、「8時間労働の場合、最低1時間の休憩を与えなければならない」なんていう規定があることも知りませんでしたし、有給が与えられているなどと言うことも、医師になって数年間は知りませんでした。

私も研修医時代はかなり厳しい―今から考えれば劣悪と言っていい―労働環境にありました。
昼食も自分で時間を見つけて食べに行く感じで、用事があれば後回しです。我々は内科医だからまだいいですが、長時間手術をこなす外科医ともなれば、昼抜きなど当たり前です。
もちろん、決まった時間に外へ食べに行くなどと言う慣習もありません。いつも職員食堂です。味もまぁ、決して褒められたものではありませんでした(ちなみに、自慢ですが当院の食堂は旨いです)。
職員食堂で注文したランチが着た瞬間にポケベル(当時はPHSなどありません)が鳴って呼び出されることもしばしば。食堂のおばちゃんも心得たもので、「じゃぁ、とっといてあげるわ」なんて感じで、後から行くと似たようなランチが2つ3つ並んでいることもよくありました。
これはもう管理者がどうこうと言うより、自然とそう言う空気が出来てしまっていたし、管理者自身も若い頃はそうやって育っていたのでしょうし、業界の風土とでも言いましょうか。
とどめに、それだけ働いていても、大学の勤務医の給与って、当時は悲惨だったんです(その話は次回に)。

特に厳しいのが、良く知られているように救急と産科と小児科です。
最近は、医療系のドラマや漫画なども数多く出ていて、医療業界の厳しさも大分知られるようになってきました。
医療の高度化・市民の意識の変化等と共に訴訟リスクも増大し、種々の事件も起きています。
大きな契機になったのが、福島県の大野病院事件ですが、どんどん横道にそれるので、これはまたの機会にしましょう。


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とにもかくにも、それだけ酷使されていても、前述のように「集団で声を上げて、労働者としての医師全体の利益を保護する」という意識に欠けるので、労働組合のある一部の病院を除いて、医師の労働は過酷でした。
労働組合のある病院は、それはそれで大問題でもありましたが。

全国的に見れば、看護師には看護協会がありますが、医師にはありません。
「日本医師会があるじゃないか」という声が聞こえてきそうですね。あまり知られていませんが、あれはクリニックなどの開業医を守る団体であって、医師全体を守る団体ではないんです。今では勤務医部会などと言うものも出来て、随分気を使うようになったみたいですが。自民党への圧力団体としても有名です。

「患者さんの生命・身体を守る」「家族の思いを受け止める」などと言うことをやっている間に労働時間は果てしなく長くなっていきます。しかしどれだけ頑張っても収入はあくまで病院に入るのであって、自分の懐に入る訳ではありません。どれだけ働こうが、給与は最初に決められたとおりにしか支払われません。
前回書いたように、夜の宿直や休日の日直も、事実上通常勤務と変わらないのに、取り扱いは法的には「宿日直」なので、一定の手当さえ与えておけば、どれだけ働かせても勤務時間超過にならないという訳です。


そんな状況が、平成13~14年頃までずっと続いてきました。
それが、ある事件をきっかけに一変したのです。

その事件とは?

以下次号。