2014.03.26 ALSの恐ろしさ
先週、「僕のいた時間」に絡んでALSの話を書きました。第2弾です。
先週の拓人君のスピーチには、泣かされた人も多かったのじゃないでしょうか。あのスピーチは、よく患者心理をとらえていると思います。良く取材してあるもんだと脚本に感心しました。ただ・・・聴衆の中学生や父兄たちには、もっとボロボロ泣いて欲しかったなあ。

そして、拓人君・・・ついに決断しましたね。何をって人工呼吸器についてです。
彼は「つける」と言う選択をしました。
つけるにしろつけないにしろ、重い決断です。



ALSは、簡単に言えば、脳が命じた指令を筋肉に伝える変電所がやられるために、筋肉が衰え体の自由が利かなくなっていく病気です。・・・と、言葉でいえば似たような症状を呈する病気は他にいくらもあります。
が、この病気が恐ろしいのは、進行が速いことと、症状が全身に広がることです。
初めは手や指、あるいは喉などに症状が出て「おかしいな」と思っている間に数ヶ月の単位でみるみる全身に波及、手足が動かなくなり、歩けなくなり、受診しても診断がつくまでに最短で1~2ヶ月。検査してる間も筋力低下はじわじわ進行し、ひと月ごとに出来ないことが増えていって、半年とか1年で車椅子、その内ベッド上の生活となり、やがて排泄や寝返りも人の手を借りなければ出来なくなります。その内に物も食べられなくなり喋れなくなり、経管栄養ないし胃瘻、ついには呼吸筋まで侵されて自力では呼吸できなくなります。速い人では、発症から寝たきりまで1年かからない人もいて、それでいて感覚は正常で意識も知能もはっきりしているという、とんでもない病気です。意識がはっきりしているのに、自分の意思では指一本満足に動かせないというのは、どれほど辛いことでしょう。ちょっと顔が痒くてもぽりぽりできないんです。しかもそれが死ぬまで続くのです。

更に、進行を遅くする手立てはほぼ皆無に近く、1~2年位の間にみるみる寝たきりになっていくのを指を咥えて見ているしかありません。「残された時間を有意義に過ごして」と言っても、その体の自由がきかないのです。歩けなくなり、手も使えなくなり、食べられず飲み込めず、2年位で命の選択(人工呼吸器をつけるかつけないか)を迫られる。人工呼吸器をつけたら、それはそれで身体的・精神的・経済的に本人も家族もものすごく大変です。付けないという選択もありますが、それは即ち死の選択です。意識がはっきりした人をそうやって看取って行く家族の側にも精神的にキツいものがあります。どっちにしても厳しい選択です。
加えて厄介なのが法律の壁です。人工呼吸器をつけてみて、やってはみたものの本人も家族もあまりの辛さに「もうやめたい」となっても、もうやめることはできません。尊厳死が認められないからです。
この段階で人工呼吸器を外すと、医師は(場合により家族も)殺人罪に問われます。
人工呼吸器をつけても、目玉や瞼が動く限りはそれでも意思疎通ができますが、経過が長くなると全身のありとあらゆる筋肉が自分の意思ではピクリとも動かせなくなる時期が来ます。「閉じ込め症候群」と言い、意識ははっきりしているのに、意思表示をする方法が全くなくなるのです。ドラマではこの過酷な事実を描いてくれるのでしょうか・・・。

癌の場合、末期であっても「せめて口から食べられるようにバイパスを通しましょう」とか、治らないにしてもよりよく生活できるようにするための手術(姑息的手術と言います)などの方法がありますが、ALSは残り時間を長くする方法や「せめて〇〇ができるように」と言う方法すらなく、出来ることと言えば苦痛を取り除くために麻薬や鎮静剤で体の痛みを取ったり寝かせてあげることぐらいです。

脳卒中だって、いきなり手足が動かなくなるという悲劇はありますが、命を落とすことはむしろ少ない(だからこそ余計キツイという見方も出来ますが)上、麻痺が全身に広がるなんてことはありませんし、呼吸筋をやられていくこともありません。また、そこまで重い人は大体意識がありません。

そして、この病気、現代医学でも原因は全く不明です。世界中で研究が続けられているにも関わらず、とにかく原因が皆目わかりません。この10年位の間でも、全世界で20とか30ぐらい(正確な数は忘れました)の大規模調査が行われていて、その全てが成果を出せずに終わっています・・・というか、あまりに成績が悪くて、ほとんどの研究は最後まで達成できないというありさまです。日本で作られたエダラボンという注射薬には少し期待したのですが、これもダメでした。

国内では、リルゾール(商品名リルテック)という薬が唯一認可されていますが、これとて治験の段階で効果がなかったという結果が出ていたので、普通だったら認可されないところなのですが「他に手立てが皆無だから」と言うことで、特例で認められたという薬です。要するに「運が良ければ悪くなり方が少ぅ~し遅くなるかもね」と言う薬です。
とにかく、それほどまでに治療法のない病気なんです。


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ALSがどんなに恐ろしい病気か、少しでもお分かりいただけたでしょうか。ドラマではかなりオブラートにくるんでいますが(やはりTVですから)、

これからも主人公の葛藤は続くでしょうが、それを通して「こんなに恐ろしい病気が世の中にあるんだ」と、一般の方に知って頂くだけでも意義がある事だと思います。
癌と異なり、まだまだ制度的な支援が貧困なので、これを契機に少しでも充実することを願います。
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2014.03.19
最近、医療系のドラマが多くなりました。
ですが、私はこういうドラマはほとんど見ません。
なぜなら、あまりにもツッコミどころが多すぎて、「現実はこんなじゃない!」とイライラしてしまうことが多いからです。
TVドラマという性質上、あまりにリアリティを追求しすぎると成り立たないのはよくわかりますが、現場にいる身からするとどうしてもアラが目についてしまうのです。
初めの15分位・・・特に、導入部で流れる救急外来の場面や手術場面などは時々見たりして「おっ、良くできてるじゃん、医療監修頑張ってるな」等と思ったりしますが、反面「取材される医師たちは大変だったんだろうな」等と思ってみたり。
また、ドキュメンタリーなどでも、TVに移る映像よりも“現場にいるTVクルーの位置”が気になります。いい映像を撮りたいのはわかるのですが(彼らも仕事ですから)、位置関係からして、明らかに現場の医師や看護師の導線を塞いでいるのです。当然、カメラさんだけじゃなく音声さんや照明さん等、複数のクルーがうろうろしていると予想されるので、思わず「そこ邪魔!どけ!」などと独りで興奮したりしてしまいます。

そんな訳で、医学部の5年生以降はほとんどその系統のドラマは見ていません。
・・・なぜ5年生以降かって?4年までは臨床の現場を知らないので、むしろドラマのアラが目につかないんです。
何せ、4年までは実習があるのは基礎医学だけで、臨床系の科目は座学だけでしたから。

でも、最近は本当にリアルな場面が増えました。ま、手術前のカンファレンスなどはかなり笑える演出が入っていたりしますが。

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さて、そんな中で「僕のいた時間」というドラマが気になっています。
ALS(筋萎縮性側索硬化症)を題材にしたドラマです。

先日、初めて30分ぐらい見てみました。
三浦春馬さんが主人公の拓人を演じています。
・・・・良くやっています。

ちょっと首が下がる所とか、スプーンの握り方とか、細かい所にリアリティを追求していて、よく観察しているのが伝わってきます。ALS協会が協力しているとのことで、きっと何人もの患者さんを取材されたのでしょう。

ドラマそのものは、主人公を取り巻く人間ドラマですから、ALSはあくまでもスパイスにすぎません。
しかし、ALSを取り上げてもらえたことは良かったと思っています。

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このドラマでALSと言う病気を初めて知った方も多いでしょう。
正直言って、患者数が少ないがゆえに、これほど残酷な病気の知名度が低かったことを常々残念に思っていたので、少なくとも多くの人に知られるようになったことは良かったと思っています。

ALSは、神経系以外を含む、あらゆる病気の中でも最も残酷な部類・・・癌や心筋梗塞よりももっとひどい病気だと私は思っています(こんなこと言うと癌患者の当事者やご家族に怒られるかもしれませんが)。
この病気、ほんとうに恐ろしいのです。
どう恐ろしいかは、書き出すとくどくなるので次回に回します。

有名人では仏文学者の篠沢秀雄教授(クイズダービーのあの人です。分らない人はスルーして下さい)とか世界的な宇宙物理学者のスティーブン・ホーキング博士などがALSです。

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これほど恐ろしい病気が、なぜ知名度が少ないか。答えは簡単、患者数が少ないからです。

国の健康政策の中で、重要な位置づけを与えられている「がん」ですが、ここはちょっと待って頂きたい。
そもそも、「がん」と一口に言っても、体のあちこちにできるものを十把一絡げにしているので、そりゃあ患者数は多くなります。さっと代表的なものを挙げただけでも、脳、甲状腺、口腔・舌、咽頭・喉頭、肺、胃、大腸(含・直腸)、肝・胆嚢、膵臓、腎、膀胱、子宮・卵巣、精巣、前立腺などなど・・・・そりゃそんだけまとめりゃ患者数も多くなるでしょうよ。
言ってみれば脳梗塞と心筋梗塞と肺塞栓と虚血性腸炎をひとくくりにするようなもので、個人的には「ちょっと反則じゃん?」という気持ちを拭えません。患者数が多いから対策をって・・・・政治家の立場も分らんではないですが、希少疾病(いわゆる難病)を多く診る神経内科医からすると、「数で決めないでくれ」と言いたくなります。

何だか癌ばかりクローズアップされるのがどうも納得いかないんですよね。ALSをはじめ、筋ジストロフィーとか再生不良性貧血とかウィルソン病とか、癌に負けないぐらい酷い病気はたくさんあるのに、依怙贔屓やんけ!と思ってしまいます。ついでに言うなら、「がん」は悪性腫瘍の中の一部でしかないので、医学的には骨肉腫とか白血病とか悪性リンパ腫とかは含まれないはずなんですが・・・その辺も不公平なんじゃないかな・・・。

癌と脳卒中と心筋梗塞だけじゃないんだよ、と言うことを世間の人にもっと知って欲しい。

そう思っていた所にこのドラマなので、少しでも知名度と注目度が上がって、国の支援体制ももっと整うと良いがな・・・・と思ったりします。

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おっ、そう言えば今日は水曜日です。
またまた彼が登場します。
あー、でもあのクサい演出には思わず鳥肌が立っちゃうんだよなぁ・・・。
以前、こんなことがありました。

「・・・では、色々検査してみましょう。血液検査と、頭のCTと、それから脳波」
「CTはいいけど、脳波は嫌です」
「なぜですか?」
「・・・・何でって・・・・とにかく嫌です」
検査の必要性を懇々と説明しましたが、頑として聞く耳を持ちません。

仕方がないのでこちらが折れ、看護師が待合で検査の案内をしていると、しばらくして看護師が来ました。
「先生、あの患者さん、脳波をとられると考えてることが分っちゃうから嫌なんだそうです」
もちろん、再度説明して誤解を解いたうえで、脳波検査を受けて頂きました。


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私は神経内科という科の特性上、脳波検査を良く行います。
一般の神経内科&精神科診療でもそうですし、睡眠センターでは終夜ポリグラフと言って、脳波や心電図、筋電図その他色々な生体の電気活動を、一晩中記録します。

脳波について、患者さんや他の科の医師からよく聞かれるのは、「脳波で何が分るの?」という事です。
脳波は脳の電気活動を記録しますが、何を考えているかがわかる訳では、決してありません。
夢の内容も分りません。
では、何が分るのか。

1つには脳が異常な電気活動を起こしていないか、という事。これがあると、全身にけいれんを起こすことがあります。
2つ目に、意識状態を見ることが出来ます。起きているのか、寝ているのか。睡眠の深さや、昏睡の種類や程度なども分ります。狸寝入りも分ります。終夜ポリグラフも、この部類に入ります。脳死判定も、この延長線上です。
3つ目は、特殊な異常所見がないか。疾患によっては、特徴的な脳波が見られることがありますので、そう言った病気の鑑別に使われます。

いずれにしても、あくまでも「電気的な側面から見た、脳の活動状態」を見る訳であって、思考や感情とは全く別物です。
言うなれば、映写機の作動状態を見ているようなものです。映し出されるフィルム内容とは、全く別の物です。

電極はたくさんつけますが、もともと脳が発している電気活動を拾うだけなので、フランケンシュタインのように通電する訳ではありません(精神科の世界には通電する治療法もありますが)。
しかも、極めて微細な電気活動なので、ほんのちょっとのことで大きなノイズが入り、読めなくなります。脳の電気活動は、単位がマイクロボルト(=100万分の1ボルト)のオーダー。筋電図はミリボルト(=1000分の1ボルト)のオーダーなので、ざっと1000倍の開きがあります。このため、指を動かしたり、瞬きしたりするだけでかなりの筋電図が入ります。心電図も雑音として容易に混入します。
従って、現在の技術レベルからして、頭部以外から脳波を検出することは困難です。時々、雑誌の広告でα波を検出して云々・・・と謳ってる妖しげなグッズがありますが・・・私は信用しません。


レントゲンが出来た頃、「レントゲンで頭を撮影すると、考えていることまで透視されてしまう」といった誤解もあったらしいです。
出来ないことを「出来る」と誤解されると、その誤解を解くのって大変なんですよね。
「本当は出来る(してる)のに、『出来ない(してない)』って嘘ついてんでしょ?」
いや、そんなこと言われても・・・。

本当は出来るのに、出来ないと疑われているなら話は簡単です。やって見せればいいんですから。しかし、「出来ないことを証明してよ」と言われても、「出来ないものは出来ないんです」としか言いようがありません。
なぜ出来ないかを順序立てて説明するしかないのですが、検査技術の事になるとどうしても理屈っぽくなるんですよね。
「小難しいことはいいから」などと言われてしまうと、どうしようもありません。

頭から信じ込んだ人の誤解を解くのは難しいです。