前回、シャーガス病を話題にしました。
シャーガス病やアフリカ嗜眠病などは、日本にトリパノソーマがいないため、国内で感染することは、それこそ輸血でも介さない限りまずありえないと言ってよいでしょう。

前回のシャーガス病も、普通の臨床医なら、まぁ覚えていないでしょうね。シャーガス病-クルーズトリパノソーマ-サシガメと言うつながりも、まずほとんど出てこないのではないでしょうか。感染症や旅行医学の専門家など、限られた一部の医師しか覚えていないと思います。一応、医師国家試験の試験範囲には入っているはずですが、今時医学部の6年生でもパッと浮かぶ人は少ないでしょう。
勿論、日本で診療している限り、一般の病院では大学病院ですらまずお目にかからないでしょう。私も、実際に診たことはありません。
しかし、悲しいかな、知識だけは覚えています。
別に寄生虫マニアという訳ではありません(いや、ちょっとマニア入ってるかも)。
なぜ、そんな役に立たない(と言っては語弊があるかもしれませんが)ことを覚えているのか。



私の母校では、「医動物学」がとても厳しい科目だったからです。6年間の学生生活の中で、トップ3を争うぐらいの厳しさでした。医動物学とは、大雑把に言えば寄生虫学です。
蛔虫、フィラリア、サナダムシ・・・そんなものを勉強するのが寄生虫学です。医動物学では、さらにヘビやフグ等毒のあるものや、ヒトを刺したり噛んだりして害を与えるもの(ミノカサゴやゴンズイ、ハチ、アブ、ブユなど)、更にはネズミやゴキブリ、ハエなど衛生面で害を与える動物など(これらを総称して衛生動物と言います)について勉強します。
基礎医学の後半で、3年の後期から始まりました。

例えば、フグ毒。成分がテトロドトキシン(TTX)などと言うことは、もはや知ってて当然、聞かれもしません。
フグ毒でも、臓器別ではどこに多いのか(肝臓、皮膚、卵巣など)、同じテトロドトキシンを持つ生物は何か(バイ貝、ヒョウモンダコ、スベスベマンジュウガニ――本当にこういう蟹がいるんです――など)、などなど。
その他、ゴキブリは日本に4種類いるとか(チャバネ、クロ、ワモン、ヤマト)、ヒトに寄生するシラミは3種類(ケジラミ、コロモジラミ、アタマジラミ)だとか、更には、呼吸管の有無でボウフラが水面からぶら下がる様子が異なるので、ナミカ亜科(イエカ属、ヤブカ属)とハマダラカ亜科を区別できる、とか。いや、そんな知識、普通の臨床医には必要ないと思うんですけど・・・という理屈は通用しません。
筆記試験も、重箱の隅をつつくようなマニアックな問題。その難しさは予想していたものの、世界の白地図が出てきて「シャーガス病の分布域を図示せよ」と聞かれた時には色んな意味で泣きそうになりました。


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3年後期の半年間は座学、4年前期は実習です。
実習では、蛔虫の解剖(ヒトの蛔虫はほとんどいませんでしたので、近縁種であるブタ蛔虫の解剖をやりました)の他、ハチやゴキブリやサバ(アニサキスがいます)の解剖、ヘビやサナダムシ、カ等のスケッチもやりました。毒蛇である、ハブ、マムシ、ヤマカガシの見分け方とか・・・。蚊のスケッチでは、羽の模様や脚、口・髭の形が正しくないと〇を貰えず、帰れません。皆、夜9時・10時まで残ってスケッチしていました。ランブル鞭毛虫なんて、今でも絵が描けます。


実習試験では、実際の標本が登場します。例えば、蚊を拡大鏡で観察してコガタアカイエカ(Culex tritaeniorhynchus)、シナハマダラカ(Anopheres sinensis)、トウゴウヤブカ(Aedes togoi)、ヒトスジシマカ(Aedes albopictus)などを見分け、かつ学名で記載し、更に媒介する病原体とそれに起因する疾患(それぞれ、日本脳炎、三日熱マラリア、バンクロフト糸状虫症、デング熱)などを聞かれます。
他にもいくつかの衛生害虫の標本が出てきて、それを答えさせられるのですが、その中にアオバアリガタハネカクシがいました。こんな虫、昆虫マニアじゃなきゃ知らんでしょう。スズメバチぐらいにしといてくれればいいのに・・・。
一体、何の勉強をしとるのやら・・・と悲しくなったことを覚えています(余談ですが、「蚊」という文字は、ブンブン飛ぶからこうなったのだそうです)。


もちろん、衛生動物だけでなく寄生虫の標本やら虫卵やらが登場します。
顕微鏡で虫卵を見て、何の卵か当てる訳です。蛔虫などは受精卵と未受精卵があり、見分けられなければいけません。
他にも、多様な寄生虫を卵や幼虫の形態で見分けられなければなりません。何しろ卵ですから、みんな円形とか楕円形ばかり。それを、大きさや色、突起の位置、数などで覚えていく訳です。ややこしいことに、マンソン住血吸虫とマンソン裂頭条虫と言うのもいて、記憶の混乱を助長します。



また、医動物学は「動物学」の一種だということで、動物分類学も触りました。門、綱、目、科、属、種といった分類カテゴリーや、学名も。そんなの普通なら覚えさせないですよ。
細菌ならStaphylococcus aureus(黄色ブドウ球菌)、Pseudomonas aeruginosa(緑膿菌)、Escherichia coli(大腸菌)など、一般臨床医でも覚えておくべきものもあり、検査伝票にも結構出てきますので、それなりに覚えているものです。でも・・・今時、寄生虫の学名って・・・。
Ascaris lumbricoides(蛔虫)だの、Diphyllobothrium latum(広節裂頭条虫)だの、Wuchereria bancrofti(バンクロフト糸状虫)だの、Paragonimus miyazakii(宮崎肺吸虫)だの・・・寄生虫だけでも30種類ぐらい覚えたでしょうか。衛生動物まで含めると、学名だけでも40~50は覚えたかと。今でも、多分7~8種類ぐらいは学名まで言えますね。

・・・そんなん覚えてどうすんじゃい!!と思われるでしょう。私もそう思いますが、試験に出すっていうんだからしょうがない。ぶつくさ言いながら覚えていました。
おまけに、個々の寄生虫の生活史がまたややこしい。F(フィラリア)型幼虫とかR(ラブジチス)型幼虫とか。フィラリアとは何にも関係ないのに。糞線虫なんか、本当にややこしくて・・・。
他にも、住血吸虫類なんかも、セルカリア→メタセルカリアと、幼生に2段階あって、種類によってはメタセルカリアを経由しないものもあったり、中間宿主が必要かどうかとか、さらに裂頭条虫の幼生は、プレロセルコイドという、紛らわしい名前だったり。


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ちょうど、8月下旬から9月上旬が試験準備の期間なので、夜はベランダで夜風に当たりながらコーヒー片手によく覚えていました。今自分の夜風って、ついあの頃を思い出します。
さすがに、これだけ勉強したので、6年生になるまで何の復習もしなくても、きっちり覚えていました。国試問題集の寄生虫関係はぶっつけで解いて8割正解しました。・・・でも、何の自慢にもならないんですよね、国試&臨床上のウェイトが低すぎて。

アメーバ赤痢やマラリアなどが多かった戦後すぐならいざ知らず、私の世代では、全国的に見ても寄生虫学や医動物学が厳しいところなど、そうはなかったと思います。事実、医師になってから他大学の複数の友人に聞いてみましたが、異口同音に「そんなマニアックなの知らない」と言われました。

内科や外科や小児科ならともかく、よりによって医動物学が厳しいなんて・・・。
学生時代は、他大学の医学生と飲んだりすると(夏の大会などでたまにそう言う機会がありました)、自虐的に嘆いていたものです。

でも、物は考えようです。医学の知識と言うのは、病人を相手にするものですから、実は健康な人にはあまり役に立たない知識がほとんどです。その点医動物学は、病院の中の臨床医には「へー」としか言いようのないトリビアばっかりですが、生活に密着した内容が多く、一般の人には割とウケがいいんですよね。
まぁ、尾張地方に住んでいて、マムシとヤマカガシの見分け方を知っていたり、刺された傷口でハチかアブか分っても、ほとんど役に立たないんですがね。


こんな風でしたので、卒業後数年してから目黒の寄生虫博物館へ行った時は、やけにテンションが上がって、同行者に引かれました。

いや、本当にマニアじゃないんですって。

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・・・思い出話が、つい長くなってしまいました。愚痴(?)っていると夜が明けそうですので、いい加減この辺で終わりにしたいと思います。

グロいのに興味がある方は、一度寄生虫博物館をお勧めします。
では、今回はこの辺で。
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